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粗末にしてはいけない。

2018/07/06
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先日葬儀屋さんの方とお話をする機会がありました。

最近のお葬式はお葬式ではなく、ご家族が亡くなると何処か霊安室で一晩寝かせておき、直接斎場に持ち込んで終わるケースが増えているようだ。

私が僧侶という立場だからという訳では無いが、何かさみしい気がすします。

大方そういう処置をなされる方が言われることが、私は無宗教ですので問題は無いと言われるそうだ。

無宗教とはどの様な事なのかきちんと知っておかなければいけない。

世界では、キリスト教、イスラム教等有名な宗教があります。

仏教もそれなりに有名な宗教です。

宗教とは価値観を決める基準の物差し様なものであり、知らない人たちとの交流においてはかなり重要な問題となってくる。

私は宗教を持たない、無宗教という事は言い換えれば、私は我ががまま勝手の信用のおけない存在という表現となります。

今の団塊の世代あたりに多いのが現状です。

確かにお国のためと言われ、家族や仲間自分の大切な学びの時間を犠牲にさせられてきた人達が、神様仏様、国を信用するとは思えないし、私がその立場であれば余程信用しない。

ただ、そういう人が育てた子供が親になれば、キラキラネームやクレーマー、モンスターペアレントなんて言う自分が良いのだから何が悪いのと言えてしまう、団塊ジュニアの存在も頷くことが出来ます。

内容がずれましたので戻しますが、宗教とは自分の存在位置をも示してくれるものす。

人の人生には正解は有りません。

何をしても正解と言われても、それだけでは不安が残ります。

そこで、一つ目印を作るのです。

海岸にある灯台の様な、心の灯台の様な感じです。

私は仏教しかわからないので、仏教でお話しするのですが、仏教では命を大切にします。

命を殺して食べて、自らの命をつなぐのが人間です。

しかし、殺す事を良い事とはしません。

殺生と言います。

明日、続きは書きます。