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先祖供養

2018/07/29
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今年の高校野球の愛知県予選は、私達の周りでは非常に盛り上がりました。

愛知県には名古屋4強と言われる甲子園常連校があり、なかなか甲子園に行くことが難しいのが現実です。

今年は、愛知県で出場に2枠有り子供の通う高校が決勝戦まで行くことが出来ました。

結果は残念ながら最後に負けてしまい、甲子園出場はならなかったのですが、十分に楽しませて頂きました。

私達は常に結果が優先して、経過や存在を疎かにしてしまいがちです。

本来であれば、そこまでいけたのだから十分という考え方もありますが、なかなか満足できるものではありません。

欲が先にある以上、あそこでもっととか、あのプレーがとか色々な考え方や後悔が次々に湧いてきます。

それが人間の姿です。

地獄・餓鬼・畜生とは、どこまでも満足のいかない生活をする我々を表した言葉なのです。

私達は沢山の宝物に包まれて日々を送っています。

ただ、その宝物は当たり前という見え方しかしません。

理由は簡単で、我々は物を見る時には記憶を通して物を見ています。

だから、昨日と同じ様な景色であれば昨日と同じと勝手に決めつけてしまいます。

お寺の周りには山があり、昨日と同じ様にセミが鳴き、木々が生い茂っています。

しかし、昨夜の台風で道や斜面には倒木がたくさん落ちています。

同じ様な事と同じとは違います。

私達はこの、ささやかな小さな事が、いい加減な記憶を通してしまうために当り前という見え方をして昨日と同じとして自分に届いているのです。

総ての事が有難い世界です。

私も、私がここに生きられて有難い。

その上に多くの縁を頂き、子供までいて喜怒哀楽を頂けて有難い。

有難い事と都合の良い事とは違います。

だから、怒れる時もあるのですが、全部が有難い世界です。

信楽(しんぎょう)とはとういう人間らしい生き方だと思います。