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怪しい宗教

2022/07/15
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怪しい宗教

安倍元首相が銃撃されて、一躍有名になったのが、統一教会です。

昔からいろいろな話を聞きますが、自身の信仰を表現するためには、かなり高額なお金のかかる団体の様です。

人がなぜ、宗教にはまり生活を崩壊してまで献金をするのか、自分なりに考えてみました。

①具体的な刑事事件

②抽象的な民事事件

③私が教祖なら

④マルチ勧誘

⑤巧妙

⑥高額ほど抜けられない

⑦諦める勇気

まとめ 罪障功徳

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①具体的な刑事事件

人が物事を判断する時には、評価基準を用いて判断します。

その際に、量れる物は自分の外側にあるので、誰でもが分かる評価基準を用います。

また、一般的な表現としては、「成功」とか「安全」いう言葉で表現できます。

お金や、持ち物、肩書等がこれに含まれます。

これらの物は、具体性が高いので、壊されたり盗まれたりした時には、被害届が書きやすい事から、刑事事件として警察も動きやすいので、迅速な対応をしてくれます。

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②抽象的な民事事件

 量れる物の反対で、評価基準が外側に無い物があります。

これは、個人固有の価値観で支配されており、評価基準は自分がこう感じるという、自分にしかわからない感覚の話になります。

これは、一般的な言葉で「幸福」とか「安心」という言葉で表現されています。

これらの物は、具体性が無く抽象的な事から、壊されたりしても、なかなか警察が動けないのが現実です。

実際にオウム真理教の事件や、ストーカーの殺人事件などは、被害者がどれだけ不安を訴えても、具体性が乏しいために、警察は危険という事が理解できていても、簡単に動く事が難しい事を、犯人も分かっています。

オウム真理教の名前を出しましたが、宗教犯罪という物は、基本として信心や安心という評価基準が内側にあり、外側からは判断基準が見えない事と、日本国憲法における信仰の自由という宗教の性善説が、被害を大きくしてしまうのだと思います。

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③私が教祖なら

宗教の信心や安心は先に書いたように、評価基準が非常にあいまいです。

私が、新興宗教の教祖になって高額なお布施を集めるのであれば、先ずは弱っている人を探します。

理由は簡単で、弱っている人はまじめで素直な人が多いです。

おまけに、弱っている状態とは、判断能力が著しく低下している可能性も高いと考えます。

高齢者施設や、癌関連の病院に行き、助かる可能性があると、施設利用関係者に、声を掛けまくります。

あとはヒーリングや癒しという言葉で、日々の暮らしに疲れ気味の若い人もターゲットとして探します。

これも、心が楽になるとか、気持ちよくなるなど、日々の苦しみから逃げる方向の話をします。

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④マルチ勧誘

 お話を聞いてくれる人ができたら、徹底的に不安を煽りまくります。

内容は何でも良いです。

ご先祖様を粗末にしているでも、親が悪いでも何でも良いです。

とりあえず、その人のこれ迄の苦しみの原因を、対外的な何かに責任を擦り付けます。

あとは、マルチ商法と同じで、適当に何々先生の教えを受けたとか、何らかの権威をつけた人物に、不安の解消には、信じる事が大切と説かせて、信じる事の素晴らしさを説かせます。

ここは、完全に宗教ではなく営業トークと同じです。

功徳を積むというポイントシステムと、費用対効果を前面にだします。

また新規獲得はとても大切なので、お友達紹介ポイントは少し高く設定しますし、多くの人の前で賞賛する事で、紹介者の承認欲求を満たすと同時に、ほんのり教団内での競争を激化させます。

営業経験者の私が持つ、薄っぺらな経験と知識を基礎に書いていますので、かなり乱雑ですが、大方今の怪しい宗教団体が行っている事と、それほど離れてはいないと思います。

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⑤巧妙

 人とは、かなり弱い生き物で、安心を求めます。

同時に、自分の都合という、具体的な何かを求める生き物でもあります。

つまり、安心という評価基準が内側の物と、都合という具体的で誰にでもわかる評価基準が外側にあるものを巧妙に絡めて活用する所に、怪しい宗教団体の行う、高額なお布施の仕組みがあると思います。

宗教に「はまる」という状態から、抜け出す事は簡単ではないと思います。

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⑥高額ほど抜けられない

 高額なお布施を支払った後であれば、尚の事です。

人は、自分のしてきた事に肯定感を求めます。

つまり、高額なお布施を支払ったことが、騙されていたとなった場合、自分が引き受けられなくなります。

この心の作用が、怪しい宗教団体の維持出ている要点だと思います。

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⑦諦める勇気

 苦しい中で、神様仏様にすがったつもりが騙されたとなれば、生きるのがなお辛くなります。

それだけに、これまでを否定するわけにはいかないのです。

もし、勇気を出してこれまでを否定したとしても、金銭的などの新しい苦しみが生まれて来る事は間違い無いと思います。

騙された事を気にしないと他人事であれば気楽に言えますが、被害を受けた方は本当に辛いと思います。

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まとめ 罪障功徳

綺麗ごとですが、 親鸞聖人の遺された和讃に

「罪障(ざいょう)功徳(くどく)の体となる

 氷と水の如くにて

 氷多きに水多し

 障り多きに徳おおし」

とあります。

これは、しくじりが多ければ、それだけ沢山の学びがありますと、読みます。

これまでを学びや糧として、踏み台にする勇気が大切だと思います。

きっとこれまでにない、高い視野の世界が広がると思います。

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