君しにたまふことなかれ
君しにたまふことなかれ
①あれから1年
①昨年の2月24日ロシアがウクライナへ軍事侵攻を行いました。
ロシアの保有する圧倒的な軍事力を用いて、ウクライナを蹂躙する姿を苦々しい思いを心に抱きながら見ていたのは、私以外にもおみえになると思います。
しかし蓋を開ければ、ウクライナはゼレンスキー大統領が中心となり、西側諸国から武器や情報の供与を受けて徹底的に抗戦を行う事を選びました。
その状態は一年経過した今も継続しています。 この戦争では、多くの方の命が日々奪われています。
一説ではロシア側は既に15万人以上の方が落命されたと報道されています。この数字は、福正寺がある西尾市の人口と、大方変わらない位の数字です。
ロシアにはロシアの正義があるのでしょう。
しかし他人の領土に軍事侵攻を行い、そこで暮らす人々の生活を壊す事を認める事はできません。
②与謝野晶子
②与謝野晶子がこの詩を発表した明治37年日本はロシアと戦争をしていたそうです。
江戸時代が終わり、明治政府が国の進むべき方向を決める事になり、日本も外国と同じように自国の繁栄のため戦争をする方向に舵をきりました。
子供の頃、授業で富国強兵という言葉を習いました。
明治時代とはその様な時代であり、国の作り方も諸外国に引けを取らない国にするためには、軍事を中心に進める事は、やむを得ない時代だったのかもしれません。
そんな時代に、与謝野晶子は戦争に反対する詩として「君しにたまふことなかれ」を世間に発表しています。
私が彼女の詩を目にしたのは「失敗図鑑」という本でした。
以前からこの詩を知っていた訳ではありません。
動画を見ていた時にこの本の解説動画が目につき、失敗という文字だけで購入してしまいました。
③失敗の定義
③失敗という言葉には様々な定義があると思いますが、この本の中での失敗は、歴史的偉人の個性・性格が持つ欠点から生み出される苦労という感じで紹介されています。
私が知る日本の戦争の歴史は、アジア諸国を欧米の植民地支配から独立させる目的で起こした独立戦争でありアジアの自由を取り戻す奪還戦争であったはずです。
現実には戦争の勝利報告に酔いしれ、多くの国民が大切な目的を見失いました。
その結果多くの犠牲を生み出した、失敗の歴史でもあると思います。
当時は軍隊が雇用を生み、多くの人の生活を支えた事は事実だと思います。
しかし、その生活を支えた軍隊を海外へ派兵し、多くの犠牲者を生み出し、国民の生活を破綻させたのも軍隊という事実を生み出しました。
「失敗図鑑」では与謝野晶子は空気を読まない人物として紹介されています。
彼女は本質を見失しなった、世間の空気に疑問を感じこの詩を発表したのだと思います。
④誰も得しない
④戦争とは常に多くの犠牲者を生みます。
その犠牲者にも一人一人に生活があり家族や仲間がいたはずです。
戦争に巻き込まれて落命した人達を見て、私たちは何を学び想像するべきでしょうか。
私の考える失敗とは学びや再考のきっかけです。
なので、今回の戦争で学ばない事こそが、本当の失敗になると考えます。
失敗から学び、未だ来ない未来を、いかに素晴らしい物にしていくかが大切になります。
君しにたまふことなかれ
「君しにたまふことなかれ」 この詩の全文はネットで検索すれば容易に閲覧する事ができます。
学びを忘れ想像力を欠いた処に、人の愚かさが浮かびあがります。
どの様なきっかけからでも学びを始め、想像力を生み出する処に、人の素晴らしさが溢れ出て来るのではないでしょうか。
親鸞聖人の考えていた円融至徳の嘉号とはそういう物であって欲しいです。