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人殺し

2024/06/18
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アヒンサカ

①人殺し

②信心獲得

③自分で決める

まとめ 自分らしく生きる

①人殺し

お釈迦様の弟子にアヒンサカという名前の方がみえました。

本名はあまり有名ではなく、あだ名のアングリマーラの方が有名です。

ネットで彼の名前の確認をした時に、初めて「アヒンサカ」という本名がある事を知りました。

この方は、人殺しとして有名な方です。

彼の話は歎異抄第十三章(633p)にも具体的な名前こそ出てはきませんが、信心獲得のために千人の命を奪う、「縁と行い」の例えとして出てきます。

信心獲得のためには、自分をしっかりと持ち、自分を見失わない事の大切さを、伝わりやすく語られているのがこの章だと思います。

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②信心獲得

また、信心獲得を蓮如上人は、御文五帖五章(834p)において、具体的に至心信楽の願を心得ると表現されています。

親鸞聖人は、信楽を歓喜賀慶(224P )と表現しています。

また、教行信証(240P)では歓喜を「貌・かおばせ」と表現しています。

至心信楽の願を、今ある事を慶びとし、力強く、自分らしく、精一杯、生きる事と理解しても、大きく間違ってはいないと思います。

信心獲得とはお釈迦様の様に、自分で考えて、自分が決める生き方にこそ、人生の大切な何かがあると考え、至心信楽の願を「正定聚の機」と表現なされたのかもしれません。

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③自分で決める

そして親鸞聖人は自分で考えず、妄信する様な考え方や生き方を嫌う事から、唯円坊は歎異抄第十三章に書き遺されたのではないでしょうか。

人間が生きて往く中で一番楽なのは、自分で考えずに、何かに従うだけの、奴隷の様な生き方です。

その様な生き方を誰よりも嫌われたのが、親鸞聖人なのかもしれません。

浄土真宗の教えとは、自分の捉え方や考え方一つで(往相)、生きる世界が広がり変化する(還相)教えだと理解しています。

仏説無量寿経の終わりには、お話を聞いた弟子達の様子を「靡不歓喜」と書かれています。この事からもお釈迦様の言葉に妄信をせず、自分で考え一人一人が自立している、釈迦弟子達の気高い高い姿が見えてきます。

人が生きるという事は、多くの出遇いがあり、その中には、都合の良い事もあれば、不都合な事もあります。

どれが正しくて、どれが間違えているのかは、その時の判断と、未来から多くの条件が整う中での判断では、違う結果が生まれる可能性は往々にしてあります。

日本が第二次世界大戦で負けた事は、80年近く経過した今だから、資料が整い当時の判断には間違いがあったと、言えるのと同じです。

物事をその時ではなく、条件が整った後から判断する事は、誰にでもできます。

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まとめ 自分らしく生きる

大切な事はその瞬間にあり、自分は絶対に大丈夫と思いながら、いつの間にかその場の空気に飲み込まれ、簡単に靡(なび)いてしまう。

その挙句に、簡単に本質を見失う自分が存在する事を、きちんと知る事だと思います。

アングリマーラはお釈迦様と出遇う事で、事の本質を見失い、その結果、多くの犠牲を生み出した、自分の愚かさに気が付きました。

後に、迫害を受け苦しみながらも、お釈迦様の弟子として、新しい人生を歩むことができました。

アングリマーラが私達に教えてくれたのは、人はいつでも変われる事だと思います。 生きていれば様々な出遇いがあります。

「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいもすべし」歎異抄(634p)と親鸞聖人も人の危うさを表現されています。

危うさの中で、気付き(仏)を大切にしているのが仏教であり、お念仏の教えだと思います。  アングリマーラの様に、自分の狭さに気付く出遇いを獲られた人は、幸せだと思います。

もしかしたら、自分の危うさや、考えの狭さに気付けない人が、本当に不幸な人の姿なのかもしれません。 数字は総て真宗聖典のページ数です。

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